最新.5-5『衝撃と畏怖』
再び草風の村。
無線付きの新小型トラックが業務用天幕の入り口前まで乗り付けられ、開け放たれたドライバー席の扉から、一曹が身を乗り入れている。一曹は備え付けられている無線のマイクを手に、通信を開こうとしている所で、二尉と隊員Aは天幕の入り口で雨をしのぎながら、その様子を眺めていた。
一曹「ジャンカーL1、応答せよ。こちらペンデュラム、一曹」
呼びかける先は、谷に展開する部隊だ。一度の呼びかけでは応答は無く、二度、三度繰り返し呼びかけた所で、ようやく返信が返って来た。
補給『――L1、補給です。失礼しました、少々立て込んでいまして』
一曹「分かっている、こちらこそすまない。だが、そちらから受けた報告について、もう少し詳しく聞きたくてな。時間はあるか?」
補給『少しなら大丈夫です』
一曹「よし、まず現状を教えてくれ。前方の観測壕が脅威存在と接敵し、以降音信が途絶したというのは聞いた」
補給『ではそこから先を――観測壕が最悪の事態にある事を想定し、まず同攻撃線上の第2攻撃壕を放棄後退させました。現在体制を再構築中です。同時に増援分隊を編成して観測壕への救援に派遣。先程、分隊は施設作業車の支援を受け第21観測壕跡へ突入。周辺を確保したとの事です』
一曹「それで、第21観測壕の被害は?」
補給『……先の報告で、第21観測壕にいた6名の隊員全員の戦死が確認されたと』
一曹「ッ………そうか」
最悪の事態を覚悟していたとはいえ、告げられた報に一曹は表情を曇らせる。
一曹「分かった。それで肝心の脅威存在はどうなった?ヘリの増援をキャンセルし、別手段を講じるとは聞いたが。突入の際に、脅威との接敵は無かったのか?」
補給『いえ。脅威存在は現在、別働の班が引き付けています』
一曹「別働の班?」
補給『増援分隊に先行して、放棄した第2攻撃壕から一組が観測壕へ向かい、第21観測壕跡に留まる脅威存在の気を引き、壕から引き剥がしました。先行班は増援分隊の回収作業、並びに陣地転換の完了まで、引きまわし続けて時間を稼ぐ手はずです』
その説明に、戦死者の報告で曇っていた一曹の顔が、険しいものに変わる。
一曹「それは……言うほど簡単な話ではないんじゃないか?その危険な役割の班、誰が率いてる?面子は?」
補給『自衛士長です。L2からの通信では、同僚士長、支援A一士、隊員C二士を伴い先行したそうです』
一曹「あぁ――あいつ等か」
先行班の人員を聞いた一曹は、何かに納得、もしくは脱力したように呟き、表情から険しさを消す。
補給『先行し、脅威を引き回す事を発案したのも自衛士長です。具体案を聞く余裕はありませんでしたが、勝算はあると言って――』
隊員A「に、二曹ッ!そんな……あの問題陸士共の言葉を真に受けたんですか!」
補給の声を遮り荒い声が上がる。声の主は、一曹の隣で通信を聞いていた隊員Aだ。彼女は一曹の持つ無線マイクの前へと顔を近づけ、凄まじい剣幕で喚きたてる。
隊員A「あいつ等、事の重大性を分かってるの!?遊びじゃないのよ!補給二曹、今すぐ止めさせてください!そんな大事な役割、とてもあの問題陸士共に務まるとは思えま――」
一曹「分かった。それで補給さん、その後そちらはどう動く?」
一曹は無線機の前から隊員Aどかして彼女の叫び声を遮ると、無線の向こうの補給に尋ねる。
補給『現在、陣地転換と同時に迫撃砲の再照準を行っています。重火器の火力を集中できる地点を設け、その場に脅威存在を誘い込み、集中砲火による殲滅を試みるつもりです』
一曹「今取れる一番現実的な手段はそんな所か――了解だ。だが補給さん、決して無理はするな。これ以上状況が悪化するようなら、撤退をためらうなよ。こちらからも、待機部隊の一部を割いて増援を送れるようにしておく」
補給『お願いします。L1交信終了』
通信を終えて無線機のマイクを置く一曹。それと同時に、顔を青くした隊員Aが彼へと食って掛かった。
隊員A「ちょっ……一曹!なぜあいつ等の勝手を止めないんです!?」
一曹「現場の補給二曹がゴーサインを出したんだ。後方の俺等がどうこう言うより、向こうの判断を信じよう」
隊員A「だからって……今、名前の挙がった連中がどんなのか一曹もご存知でしょう!?怠け者で、碌な功績を持たず、陸士レンジャーすら誰一人として持っていない!精鋭の真逆にいるような連中ですよ!?それどころか同僚士長はまだしも、支援A一士と隊員C二士は入隊して半年の未熟者で、おまけにどちらも問題隊員!自衛士長に至っては過去に降格された経歴のある危険分子ですッ!責任も考えずに、軽率で安直な考えで発案したに決まってます!補給二曹はともかく、あいつらはとても信用に値する存在では……!」
一曹「相手はバケモノだ。経歴や資格も大事だが、それだけでどうこうなる相手でもない。それよか規格外の相手には、よりぶっ飛んだのをぶつけるのが最善だ――と、少なくとも俺は思ってるが」
隊員A「それが連中だと……?」
一曹「そうなってくれる事を願う。なんにしろ、遺体の回収と体制の立て直しが完了するまで、誰かが脅威を引き付けなけりゃならない状況みたいだ。それを連中が引き受けると言ったなら、任せようじゃないの」
若干軽薄さを覚える口調で言ってのけた一曹。しかしその表情は、終始冷淡さを感じさせる真顔であり、それを崩すことはなかった。
一曹「それよりも重要な事は、その後に脅威存在を迎え撃つ本隊の火力だ。谷に展開させた二個分隊強には結構な火力を持たせたが、脅威存在を相手にそれが十分かは分からん。待機部隊から一部割いて、増援分隊を編成するぞ。陸曹クラスを呼んでくれ」
隊員A「……分かりました」
二尉「一曹さん、一応俺もヘリの準備をしておく」
脇でやり取りを聞いていた二尉が、隊員Aが引き下がったのと入れ替わりに、一曹に向けて発する。
一曹「頼みます。状況次第では出動をお願いするかもしれません」
二尉「分かった」
二尉と隊員Aはそれぞれの役目を全うするため、各々の方向へ駆け出してゆく。
一曹「バケモノ相手に定石通りとはいかねぇだろうしな――いい意味でふざけた報告が聞けると良いな」
一曹はそれを見送った後に、呟きながら天幕へと戻った。
脅威存在らしき人物を盛大におちょくり、注意を引き付けた自衛等は、脅威存在を少しでも増援部隊から遠ざけるべく、崖際から離れるように北東方向へと逃げていた。
隊員C「支援A、この糞ボケがッ!パーな事してくれやがって!」
支援A「そんな怒るなってぇ!なんかやべぇ感じだったんだろぉ?」
隊員C「俺等がやべぇ事になってんだろが!もちっとなんか利口な手段があっただろがよ!?」
隊員Cは逃走しながらも、先の支援Aの挑発行為を咎め、文句を吐き続けている。
自衛「よけいな口を叩くな!それより前に崖がある、そこに飛び込んで行ったん止まれ!」
隊員C「あぁ!?」
進行方向に小さな崖になっている場所があり、自衛等はそこへ飛び込み、一度身を隠した。
隊員C「なんで止まんだよ!?敵が近づいてんだぞ!」
自衛「近づけるんだ、距離が離れすぎた。奴を引きずり回すのが目的だ、こっちを見失われて観測壕に引き返されるとまずい」
支援A「途中でスモークやらフラッシュやらばら撒いたからなぁ。ゲリ便ちゃん迷子になってねぇか心配だぁ!」
自衛「支援A、背後を見張れ!奴の姿が見えたら教えろ」
ふざけた口調の支援Aに背後の監視を命じてから、自衛は同僚と隊員Cの方へ向き直る。
自衛「お前ぇら、プランは頭に入ってんな?」
同僚「あ、ああ……北東方向へ脅威存在を引っ張って行って、回収と陣地転換、火点の準備完了まで、そこで時間を稼ぐ……」
自衛の質問に対して、同僚が戸惑いながらも計画を口にする。
隊員C「なぁにがプランだ、笑わせんな!無茶な上、フワットロし過ぎだろが!大体、敵が何やらかして来んのかも分かんねぇのに、どうしろってぇ――」
隊員N『ジャンカー1ヘッドよりエピック。聞こえるか、応答できるか!?』
隊員Cの喚き声を遮るかのように、インカムに隊員N三曹の声が飛び込んで来た。
自衛「エピックヘッドだ、どうした?」
隊員N『緊急連絡だ、判明した脅威存在の能力を伝達する。奴は驚異的な攻撃能力や身体能力の他に、巨大な鉱石の柱を地中から生成し、それを攻撃手段として来るそうだ!』
隊員C「そんくらい、遠目に見て大体想像ついたわッ!」
先程観測壕の周辺を目にした時点で、すでに予測していた事の今更の報告に、隊員Cは悪態を無線の向こうへと返す。
隊員N『ここからが重要なんだ!脅威となる存在がもう一体確認された。そいつは遠隔で人の首を切断し、さらには人を洗脳して無力化する能力まで持っているらしい!』
同僚「な!?」
さらなる伝達内容に、今度は同僚が顔を青くして声を上げた。
隊員N『その個体自体は先ほど後退したようだが、再接敵の可能性もある。それにそちらが交戦中の個体も、同じ能力を持っている可能性は捨てきれない。いいか、誉士長によれば、連中は能力を使う前に呪文を唱えるそうだ。奴らに喋らせるな!それが今の所確認できた対応手段だ!」
自衛「分かった、参考にする。エピック交信終了」
伝達内容を聞いた後も、変わらぬ態度で自衛は通信を切る。一方の隊員Cは、凄まじく渋い表情を浮かべていた。
隊員C「ありがたくも何やらかして来んのかは分かったけどよ、知らねぇ方が気は楽だったかもしんねぇなぁ――おい!マジでどうすんだ!?」
自衛「落ち着け、アテはある。それにヤツと直接ぶつかるのは俺がやる。お前らは、まず自分の安全を最優先しろ」
隊員C「そんでぇ、お前の頭が弾けんのをポップコーン片手にゲラゲラ笑ってりゃいいのか?」
自衛「そんときゃ、代わりにお前ぇの体を乗っ取ってやるから覚悟しとけ」
同僚「お前等!今はそんな場合じゃ――」
こんな時にも関わらず、品を疑う応酬をする自衛等に、抗議の声を上げかける同僚。
支援A「ヘェイ!ゲリ便ちゃんが来たぜぇッ!」
しかし、同僚の台詞は支援Aの上げた声に遮られた。自衛等が来た方向の上空に、件の脅威存在である女の影があった。
隊員C「うぇッ、来やがった!」
自衛「チィッ、とにかくだ!俺がヤツとぶつかって、なんとか隙を作る。その隙にお前ぇらは、方法は何でもいい、あの女を横から殴れ!」
隊員C「あぁ、ずいぶん簡単に言ってくれる」
自衛「行け!早く行け」
自衛は愚痴を止めない隊員Cを、続いて同僚と支援Aを追い出すように行かせ、最後に自身も崖の影を飛び出し、北東の方向へと駆け出す。脅威存在を挑発しながらの逃走劇が、再び始まった。
剣狼隊長「そこにいたか」
高い空中へ身を置く剣狼隊長の目が、逃走を再開した敵の姿を捉える。突如姿を現し、挑発行為を行って来た敵を追跡して来た剣狼隊長。初動は先制を打った敵の方が早く、加えてに敵の繰り出してきた煙幕や閃光により、彼女は道中少しだけ足止めを食らう羽目になった。しかしそれらの妨害を掻い潜り、敵に追いつくことは彼女にとって造作も無い事だった。
剣狼隊長「野良犬ならば躾け直すこともできるが……害虫ともなれば駆除するしかあるまい」
冷たい目はそのままに、口許だけを微かに歪めて呟く剣狼隊長。そして彼女は魔法詠唱を開始する。
剣狼隊長「大地に眠りし時と命の現れよ。猛々しい姿を愚者の前へと見せよ――」
自衛「お?――お前ぇら、足元気ぃ付けろッ!」
逃走の最中、自衛は地面が発する違和感に感付き、警告の怒号を発する。
同僚「は?……う、うわぁッ!?」
突然の警告の意味を理解できずに、呆けた返事を返した同僚だったが、次の瞬間に彼女は言葉の意味を身をもって理解した。地響きと共に周辺の地面のあちこちが盛り上がり、巨大な鉱石の柱がいくつも突き出して来る。数秒後には、先ほどまで平坦だった周辺が、一変して鉱石柱の林と化した。
隊員C「ッ、危ねぇ……これがぶっとい柱が出来上がるシクミ≠チてかぁ!?最ッ高にふざけてやがるッ!」
支援A「こぉーんな命がけのレクリエーションはゴメンだぜぇッ!」
かろうじて串刺しになるのを回避した自衛等は、鉱石柱の林を掻い潜り、駆け抜ける。しかしその途中、今度は自衛の耳が、風を切り接近する何かの音を捉える。
自衛「飛べぇッ!」
同僚「わぁッ!?」
自衛は叫ぶと共に、横を走っていた同僚の首根っこを掴んで跳躍した。隊員Cと支援Aも、自衛に倣って同様に跳躍。その次の瞬間、彼等の足元を何かが掻き切るような音を立てて通り過ぎた。
支援A「なんじゃぁ!?今のはぁ!?」
正体こそ分からないが、音と勢いから危険な何かが襲い掛かって来た事を察し、支援Aは困惑の声を上げる。
隊員C「刃かなんかかッ!?よくわかんえぇが、当たればタダじゃ済まねぇぞ!?」
自衛「集中するんだァ!よく見てよく聞いて回避しろ!」
動揺する隊員Cや支援Aに、自衛は怒号を飛ばした。
彼等を襲ったのは物の正体、それは三枚のブーメランだ。それもただのブーメランではなく、翼の部分に刃を仕込み、より凶悪な殺傷武器とした代物であった。そしてその凶悪なブーメランを放ったのは他でもない剣狼隊長であり、彼女の愛用する大剣から打ち出された物だった。
剣狼隊長の大剣は、正確には飛び道具の射出機構が組み込まれた機械剣であった。剣の中心部分には空洞が作られ、そこに折りたたまれたブーメランが複数収められるようになっている。機構を作動させるながら剣を振るうことで、ブーメランは射出されて翼を広げ、獲物へと牙を剥くのだ。
剣狼隊長「ほう。ただ喚くだけの害虫というわけでもないようだな」
乱立した鉱石柱を足場に跳躍を続けながら、眼下の様子を観察していた剣狼隊長は、ブーメランの襲撃を回避した自衛等の動きに、感嘆の声を漏らす。彼女は舞い戻って来た三枚のブーメランを、大剣に備え付けられた回収用の張り出しでキャッチ。そして鉱石柱を伝って、自衛等の進行方向へ先回りする様に跳躍して行く。
同僚「お、おい!前方上空!」
同僚が進行方向上空を指し示しながら声を上げる。一同が上空に目をやると、曇天の夜空を背景に、優雅に舞う剣狼隊長の姿があった。
剣狼隊長「思ったよりも、悪くない動きを見せてくれるな。時が許せば、紡ぎ合いを楽しめたかもしれないな――しかし、今の私は少し怒っている」
地上の自衛等を見つめながらも、独白でもするかのように剣狼隊長は話し始める。
剣狼隊長「貴様等から向けられた愚行と罵倒。私に対するそれは、すなわち私の配下の忠犬たちに対する侮辱。主として、忠犬たちの侮辱を許すことはできないのでな……貴様等には、それ相応の無惨な最期を迎えてもらおう!」
独白染みていた彼女の言葉は、最後には明確に自衛等へと向けられる。凛と通る声に静かな怒気が込められ、その言葉は審判を下すように言い放たれた。
隊員C「おい、なんぞアイツ宣い始めてっぞ」
剣狼隊長の言葉を聞きつけた隊員Cが、上空の彼女を指差しながら、嫌そうな声で言う。そして汚い物でも目にしたかのような表情を浮かべ、嫌悪感を隠そうともせず露骨に表していた。
自衛「たいした事は言ってねぇな」
剣狼隊長から向けられた言葉に、有益な情報が含まれていないと分かると、自衛は耳を貸すのを辞める。
自衛「それより前だ、柱の群れを抜けるぞ!」
自衛等は鉱石柱の林を潜り抜け、元の平坦な空間へと飛び出す。しかし――
自衛「ちぃッ、まただ!」
同僚「え――ひわぁッ!?」
彼等が飛び出した瞬間、平坦だった空間に再び鉱石柱が乱立。再度の鉱石柱の強襲に、自衛が舌打ちし、同僚はおかしな悲鳴を上げる。
隊員C「でーぇッ!?糞ったれぇッ!」
支援A「まぁーたコレかいッ!?」
鉱石柱の林を抜けたと思ったのも束の間、再び同じ手で進路を妨害され、隊員Cと支援Aは声を荒げる。だが脅威のラッシュはさらに続く。彼等の耳に、先のブーメランの襲来時に聞こえたものと同じ、風を切り裂くような音が届く。
自衛「前からだ!高いぞ、滑り込めぇッ!」
同僚「そんな――ひッ!?」
自衛は警告の怒号を発すると同時にスライディング。同時に、対応の遅れた同僚の上衣を掴んで引きずり倒した。後続の隊員Cと支援Aも、自衛に続いてスライディングに入る。
支援A「ファオッ!?」
その直後、鉱石柱の間を掻い潜って来たブーメランの群れが、彼等の頭上をが通り過ぎた。
同僚「ぶぽぉッ!?」
そして引きずり倒された同僚は、攻撃回避の代償に、地面に顔から突っ込む羽目になった。
同僚「ぺッ……クソ!こんなのメチャクチャだ!一歩間違えば死んじまうッ!」
半身を起こした同僚は、口内に入り込んだ草を吐き出すと、涙目になりながら捲し立てる。極限状態のせいか、口調も普段の中性的なそれから崩れ出していた。
自衛「落ち着け。よく観察しろ、そうすりゃ回避できる」
同僚「そんな事言ったってなぁ!?」
自衛「まず、おめぇはビビるな。お家で武道をあれやこれや嗜んで来たんだろ?それとも、お稽古じゃ結局なんも身に着かなかったか?」
同僚「ッ――分かったよ、糞ッ!」
自衛にほとんど煽りのような発破をかけられ、同僚は吐き捨てながら立ち上がった。そして一同は逃走を再開する。
剣狼隊長「ははっ、良いもがきぶりだぞ。あまりすぐに死んではくれるな。侮辱に対する報いとして、貴様らには恐怖に怯えてもらわねばな」
逃走する自衛等の上空を、剣狼隊長は獲物を狙うハゲタカのように空を舞いながら、挑発の言葉を支援Aげかけてくる。
自衛「あぁ、合点が行った――同僚。あの女、昔のおめぇとキャラがダダ被りだ」
同僚「なんて事言うんだお前ッ!?」
自衛の突然の発言に、同僚は目を剥いて悲鳴に近い声を上げた。
自衛「ヤツのキモさが、なんかに似てると思ったんだが、学生の頃の妙なキャラしたおめぇにそっくりだ」
隊員C「あんな気色悪いのがこの場に二人も集結かよ!いらねぇ奇跡が起きたもんだぜ!」
隊員Cは、剣狼隊長に向けていた嫌悪感丸出しの顔を、同僚の方へと移す。
同僚「ふざけるなよ!なんでこんな状況で自分の過去をつつかれなきゃならないんだ!?大体当時の私はだな、生徒達の道標とならなければならない立場だったのであって……」
自衛「まぁ、どうでもいい。それよりこのフェアじゃねぇ環境から脱するのが先だ!」
同僚「聞けよッ!」
同僚の捲し立てる弁明をバッサリと切り捨てた自衛に、今度は隊員Cが話しかける。
隊員C「つってもよぉ、自衛。こいつぁ潜り抜けた所で、またこのトゲトゲが襲ってくる来るパターンだぜ!あいつの呪文を黙らせねぇとジリ貧だ!」
支援A「要はゲリちゃんにウンジャラ言わせなきゃいいんだろぉッ?」
言うと、支援Aは肩から下げていたMINIMI軽機を軽やかに構え、上空に剣狼隊長に向けて発砲した。
剣狼隊長「ふんっ」
しかし、撃ち放たれた弾頭の群れは、クラレティが薙いだ大剣によって弾かれた。
支援A「フォウ!?マジかい!?」
そしてそのお返しと言わんばかりに、剣狼隊長の大剣からブーメランが放たれる。
同僚「うぁッ!?」
支援A「ワァオッ!」
三度目のブーメランの襲来を、今度は同僚を含め各人が自力で回避し、事なきを得る。
隊員C「あー糞、狭い中をウネウネ気色悪く飛んで来やがる!」
幅が狭く見通しの悪い鉱石柱の林の中を、独特の軌道で優々と掻い潜って来るブーメランの群れに、隊員Cは舌打ちする。
同僚「支援Aェ、ヘタに刺激するんじゃないッ!」
支援A「悪ぃ悪ぃ!しかしゲリちゃん、マージで超人みてぇだな!」
同僚は涙目になりながら支援Aを叱責したが、支援Aは悪びれた様子も無く、笑いながら感想を述べた。
隊員C「やぁだやだ!兵器も通用しないチョー強女ってかぁ?あんな胸糞悪い存在にマジでお目にかかれるとは自分の強運を呪うね!」
そして今度は、ウンザリした口調で愚痴や嫌味を垂れ流す隊員C。そうこうしている内に、鉱石柱の林の出口が目前まで迫っていた。
同僚「どうするんだ自衛!このまま策も無しに飛び出しても、またこの巨大なトゲに襲われるぞ!」
隊員C「そんであの女の、脳内ワールド独白劇場が頼んでねぇのに開催すんだろ!?こっちのレビューは一切受け付けずによぉ!」
支援A「ヴェハハ!そりゃ隊員Cの嫌味と全くおんなじだぁっ」
同僚、隊員C、支援Aはそれぞれ好き勝手に捲し立てる。
自衛「そんじゃぁ続編公開前に、ヤツの顔面に直接低評価を叩き付けに行くとするか」
隊員C「だから、どうやってだよッ!?」
自衛「ヤツのトゲを利用する。突き出て来た瞬間のトゲが飛び乗れば、伸び上がる勢いを利用してヤツの鼻先まで飛べるはずだ!」
隊員C「あぁ!?」
自衛の発した言葉に対して、隊員Cは険しい表情で荒い声を上げた。
隊員C「おっ前、真面目に考えてんのか!?んなガキの妄想みてぇな事、できるわきゃねぇだろが!」
自衛「俺がやる。お前らは、別方向に退避しろ」
捲し立てる隊員Cをあしらい、自衛は進行方向右側を指差して退避を指示する。
隊員C「んな事言ったって――」
自衛に対して、なおも食い下がろうとする隊員C。しかしその時、彼等の足元に走った違和感がそれを遮った。
隊員C「――チィッ!」
走った違和感の正体を即座に察し、隊員Cは舌を打つ。その瞬間、トゲの林に残るわずかな足場を埋め潰さんとするように、鉱石柱の頭頂部が地表を突き破って姿を現した。
自衛「しゃぁねぇ、飛べ!」
同僚「え――わぁぁッ!?」
自衛はその瞬間を見逃さなかった。叫ぶと同時に同僚の首根っこを掴み、近場に出現した鉱石柱の頭頂部付近へと飛び乗った。
隊員C「あぁ――知らねーぞッ!」
隊員Cと支援Aも自衛に続き、突き出した鉱石柱を捕まえる。そして――
隊員C「クソッタレーーッ!」
支援A「イィーーヤッフォーーウッ!!」
鉱石柱は傾斜した角度で上空へと急上昇を開始。まるでカタパルトのような勢いで、自衛等を曇天の夜空へと打ち上げた。
魔法詠唱の上乗せにより、眼下の鉱石の林は密度を増し、剣山のごとき光景が広がる。そして伸びあがって来た鉱石柱の頭頂部に人の体が見え、剣狼隊長はほくそ笑む。鋭利な鉱石柱の先端が愚かな敵を貫き、己の目の前に獲物を献上しに来たのだと、彼女は疑わなかった。しかしその直後、剣狼隊長の表情から笑みが消えた。
剣狼隊長「何――?」
頭頂部に見えた人の体が、敵の物であること自体は間違いではない。しかしそれは、剣狼隊長が望んだ亡骸としての形などではなかった。彼女に向かってくるそれは、敵意と悪意と失礼を溢れんばかりに抱えた、恐怖の批判者一行だった。
自衛等を乗せた鉱石柱はみるみる成長し、頭頂部は夜空へ向けて突き上がってゆく。
隊員C「っぶねぇッ!あやうくペシャンコになっちまうトコだったッ!」
鉱石柱にしがみ付く隊員Cが、眼下に視線を向けて言葉を漏らす。先程までいた地上は鉱石のトゲで埋め尽くされ、さらに密度が増したせいで鉱石柱同士のぶつかり合いが起き、所々で崩壊する模様が見えた。上空へ飛び出すのがあと一歩遅ければ、串刺になっていたかもしれない。あるいは鉱石柱同士に圧迫されるか、崩落した鉱石柱に巻き込まれて、押しつぶされていただろう。
隊員C「あぁ、けどコイツもあんまし賢い選択じゃなかった気がするなぁ!おい自衛!飛び出したはいいけど、どーすんだコレ!」
眼下の修羅場から逃れるために、自衛に続いて飛び出す羽目になった隊員C等だったが、切羽詰まった状況下にある事は変わっていなかった。隊員Cは視線を上へと移し、上昇する不安定な鉱石柱の上で、堂々と立ち構える自衛に向けて叫ぶ。
自衛「お前らは適当なタイミングで退避しろ。他のトゲに飛び移って滑り降りて行け、ラぺリングの要領だ」
同僚「お前ッ!自分ができるからって無茶ぶりばっかりしやがって――ッ!」
シレっと言った自衛に対して、同僚が再び口調を荒げて泣き叫ぶ。彼女は自衛に首根っこを掴まれ、ほとんど中空にぶら下がっている状態だった。
自衛「同僚。串刺しにならねぇよう、うまくやれ」
同僚「え――?」
自衛は同僚に対して忠告を発する。そして次の瞬間、自衛は彼女を空中へと放り出した。
同僚「ひぎゃぁぁぁッ!?」
突然放り出された同僚は、悲鳴を上げながら落下して行く。そして近くにあった別の鉱石柱の側面に、べちりと張り付くのが見えた。
自衛「よぉし。お前らも行け!」
隊員C「カンベンしてくれ……!」
隊員Cと支援Aも鋼鉄柱の上から退避、近くの鉱石柱へと飛び移ってゆく。それを見届けた自衛は、不敵な笑みを上空へと向ける。鉱石柱は限界まで伸び切ったのか上昇を停止。その瞬間、まだ残る慣性を利用して、自衛は飛んだ。
剣狼隊長「馬鹿な」
鉱石柱に飛び乗り上空へと飛び出した敵の姿を目にし、剣狼隊長の口から微かな困惑の言葉が漏れる。鉱石柱には複数の人影が取りついていたが、その中でも鉱石柱の頭頂部に見える人影は、そこに堂々と立ち構えていた。自分の鉱石柱を利用された事の不快感、そして何より敵の挑発的なその姿に、剣狼隊長は表情を歪めた。
剣狼隊長「ッ、不愉快な真似をしてくれる。どうやら厳しい仕置き気が必要なようだ!」
機械剣に備わるブーメランを放って、鉱石柱の上に立ち構える敵を打ち落とすべく、剣狼隊長は愛用の大剣を振りかぶる。しかし、鉱石柱の頭頂部にいたはずの人影は、突如としてその姿を消した。
(何!逃走――いや、違――)
一瞬、敵の落下もしくは逃走を疑った剣狼隊長。しかし、即座にその考えを切り捨て、構えを変えるべく体を動かそうとする。
自衛「よーぉ」
だがそれよりも速く、剣狼隊長の視界は占拠された。彼女の視界いっぱいに、謎の襲撃者の姿が映り込んだのだ。
剣狼隊長(な――)
そして剣狼隊長は絶句した。
それは一瞬で目の前まで肉薄された事に対する驚きもあったが、それ以上に彼女を驚愕させたのは、目の前に出現した襲撃者の外見だ。奇妙な衣服を纏うその者の顔は、この世の存在なのかも疑わしい程に醜悪。左右で全く形の違う、不気味な造形の眼は、薄気味悪く笑い剣狼隊長を見下ろしている。身の毛のよだつ襲撃者の正体は、他でもない自衛だ。鉱石柱を足場に跳躍した自衛が、剣狼隊長の目の前へとその姿を現したのだ。
自衛「わざわざ案内してくれて感謝するぜぇ」
自衛の生理的嫌悪を煽る歪な唇から、皮肉気な台詞が支援Aげかけられる。その内容はもとより、台詞を発した際に垣間見えた、その者の気味悪く蠢く口内と、そこから流れ出る形容し難い不気味な声色は、剣狼隊長の前進の肌を酷く逆撫でした。驚きと、体験した事のない嫌悪感に、これまで端麗さを保ってきた剣狼隊長の顔が強張り、彼女の首筋に一筋の冷や汗が流れた。
剣狼隊長(ッ!)
しかし、程度で戦場での姿勢が鈍る剣狼隊長ではない。ブーメランを放つべく振りかぶっていた大剣を、手首を巧みに操り持ち直す。そして目の前の醜悪な存在を断ち切るべく、肩に構えていた大剣を振り下ろした。目のも留まらぬ速さで行われた一連の動作の末に、目の前の醜悪な存在は、大剣により真っ二つに切り裂かれる――
剣狼隊長「――ッ!?」
――事はなかった。
金属がぶつかり合う音と感触が、剣狼隊長の体に伝わる。剣狼隊長の振り下ろした大剣は、標的を切り裂く前に、彼女の頭上で?何か≠ノ阻まれた。そして、
剣狼隊長「ッ!?なぁ……ッ!?」
間髪入れずに、得体の知れない振動と、気味の悪い金切り音が彼女を襲った。
剣狼隊長「ッゥ……!?これはぁ……!?」
想定外の現象に襲われ、さすがの剣狼隊長も思わず苦悶の声を漏らす。頭上に目を向ければ、彼女の握る愛用の大剣は、目の前の醜悪な存在が掲げる、奇妙な武器に阻まれていた。
チェーンソーだ。
自衛が片手で振り上げたチェーンソーが、エンジンを唸らせながら刃を回し、剣狼隊長の大剣を引っ掻いて火花を上げていた。
自衛「どうした、見下されて責められんのは初めてか?」
常識外れの鍔迫り合いの最中、剣狼隊長より若干目線の高い位置にいる自衛は、その醜悪な笑みで彼女を見下ろし、挑発の言葉を支援Aげかける。
剣狼隊長「――ッ!はぁッ!」
不快感に奥歯を噛み締める剣狼隊長。彼女は大剣を握る手に力を込め直し、チェーンソーを振り払った。そして自衛を鋭い目つきで睨みつけながら、剣狼隊長は跳躍。足場にしていた鉱石柱を離れると、背後に群立していた他の鉱石柱を伝って、後方へと引いて行った。
ほんの一瞬だったが、強烈な空中でのチェーンソーデュエルを終え、自衛は重力に引かれて落下してゆく。
自衛「地に脚つけねぇと、やりずれぇな」
その最中、冷静な口調で呟く自衛だった。
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